角田清兵衛商店の歴史

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角田清兵衛商店 語り継がれるその歴史

はじめに

畳の生活だった昔の日本は、格子戸や石畳など心引かれるものの多くは、シンプルでモダンなものが多かったように思います。

そんな懐かしさと居心地のよさをテーマにした漆(うるし)の製品です。

品質第一、こだわり抜いて作成した漆の製品を、その想いを一番大事に考えて、変わりゆくその時代にあった商品のご提案・ご提供を考えております。(7代目 角田清兵衛)

角田清兵衛とは?

創業、天保元年(1830年)。今から遡るころ、約180年前、時は江戸時代 11代将軍 徳川家斉(イエナリ)の時代。これが、確実に確認のとれる範囲での創業元年です。

では、角田清兵衛商店とはどういった歴史をもっているのでしょうか?
次に、「漆器」という文化を追いかけてゆくと、また、違った見方もできます・・・

紀州漆器とは

もともとは、角田清兵衛商店では紀州漆器を専門に扱ってきました。

紀州漆器(紀州塗)と言えば、現在では会津塗・山中塗・越前塗などと共に、全国の漆器産地の4大産地のひとつに数えられていますが、紀州漆器(紀州塗)とはどういった物なのでしょうか?

紀州漆器(紀州塗)の始まりにはいろいろな説がありますが、その内のひとつをご紹介致します。

もともとは、紀州根来寺(きしゅうねごろじ)での僧の人たちが、自分たちのために、根来塗なる漆器を製作して利用していましたが、豊臣秀吉が根来寺を攻め込んだ際、生き残った僧たちが黒江の地(海南市黒江地区)でその技法を使って漆器作りをはじめたというのが始まりのひとつともいわれています。

清兵衛さん

寛永(約1620年)の頃、紀州から江戸通いをして、漆器を商売している人がいたといわれ(すなわち角田清兵衛)、2代目清兵衛の時には江戸に店舗も構えていたともいわれています。

現在の紀州日方(熊野街道沿い)にある店舗は、大正七年の全国的な米騒動の中、暴徒と化した群集に角田清兵衛宅も放火され、貴重な書籍や文献がほぼ、火災によって失われてしまい、過去を解き明かす資料もあまり存在しません。

現在の店舗は、その火災後に建てられた店舗で、7代目 角田清兵衛(角田卓司)が、現在店舗を運営しています。

(現在も当時の雰囲気をそのままに、営業を行っております。)

株式会社 角田清兵衛
事務所
彫刻名入れ ナノコート 企画・製造 OEM・ODM